2014/01/04

プリエを極める

いつも晩ご飯の写真ばかりなので今日は朝ごはん。
シチューとパン。脇にあるのはオリーブオイル。
パンにつけて食べます。
喪中だというのに、自分は生きていることを言い訳(?)に年末年始のご馳走をしっかりと食べ終えると、私の年越し行事は100%終了。
正月気分とおさらばして本日からすべてが通常モードです。

私は書き初めはしませんが、この新春、半紙にしたためるとしたら『プリエを極める』です。
バレエをはじめてこの方、いったい何億回のプリエをしているんでしょうね?
でも、まだ極められていません。
なので、今年も心にしたためるは『プリエを極める』です。



正月休みの帰郷、旅行のお土産がズラリ♪
皆さんリフレッシュして稽古場に帰ってきました。

そこで今宵は少々、座学。
私が生まれるよりずっと前の1965年初版のバレエ本、ゲルハルト・ツァハリアス著『バレエ〜形式と象徴〜』(美術出版社)より、プリエについて書かれていることをちょこっとご紹介。
かなり古い、前時代のバレエ本ゆえ、その表現(というか訳)に???な部分もありますが、暇つぶしにご一読ください。





「プリエはアカデミック・ダンスのあらゆるパの中に存在する。
特に跳躍はすべてプリエに始まってプリエに終わる。
これについてヴァリンスキー(=現ワガノワバレエ学校の創設者)はこういっている。

『ダンスにおける真の芸術美は、膝屈曲の技術と精神にかたく結びついている。
ダンスは曲(プリエ)と伸(ルルベ)の、屈曲と直伸の植物的リアリズムと精神的飛躍の絶え間ない動きの流れである。
すべてのバレー美学は、この二つのものの往復運動から展開する。
すべての跳躍はプリエではじまる。
バネのメカニズムがなければ、飛躍は重苦しく迫力がなく、あるいはまったく不可能となるだろう。
また跳躍の終わりには、結末をつけるためのプリエが必要である。
これがなければ、跳躍の残響は固く無味乾燥なものになるだろう。


ダンス・アカデミックのプリエは、高みと深みの、大空と大地の、軽と重との、ダイナミックな均衡を表しているのである」



いつの時代もやっぱりプリエはバレエの要。
プリエは一歩間違うとえらく破廉恥なお尻プリっに。。。。
でも、正しいプリエは美しく、
そこから繰り出されるものも美しいんです。

プリエを極めることに、自分のこの身体とルイ14世の時代から続くクラシック・バレエとの、確固たるつながりが存在するような気がします。
今宵の座学おしまい。