2013/10/26

稽古は自分でするもの

あらまぁ。
(お布団を被ったまま
キッチンまでのそのそ歩いてきた太郎)

以前、大変有名なバレエ教師を母に持つダンサーと話していて、
「結局、バレエは誰に習おうと同じだ」という話で意気投合したことがあります。

世界的に有名なバレエ教師に教わろうが、小さな町のバレエ教師に教わろうが、教わったことをやるかやらないかは習っている側、生徒次第。
結局の所、教師がうんぬんという話ではない、というわけです。

偉大なる先生の的確なアドバイス、眼から鱗のノウハウをもらっても、それをやるかやらないかは受け手の問題で、どんなにいい先生に教わっても、ダメな人はダメなわけです。

できたのできないのでうんぬんする前に、やったか否かが問題なわけで。





今の私には的確なアドバイス、自分の身体や踊りを新しい感覚、新しい視点から探る“入り口”を提案してくれる先生がいます。
が、いつもその先生のクラスで稽古をしているわけではありません。
どんな先生のクラスでも、〈自分の稽古〉をすることができれば、年がら年中、個人的にあれこれ言ってくださる先生がいないくでも大丈夫。
これまでに言われたのに、まだまだ出来ていないこと、あれこれありますからね。
たとえノーコメントの先生のクラスでも暇になるなんていうことはあり得ません。

勿論、私に的確な指摘をしてくださる先生は心の支えではあります。
が、すべてをその先生に頼りきっているようでは、ダメ。
先生を“お母さん的存在”と勘違いしてはいけません。


ヾ(*´∀`*)ノ キャッハァーーー
大好きなデメルのザッハトルテ
ごちそうさまです♪
たとえ先生がいても稽古は自分でするもの。
それができるようになれば、稽古の積み重ねで確実に色々なことができるようになるはず。
でも、自分の稽古ができないと、何年経っても、どんないい先生のクラスを受けようと、ダメなもんはダメなわけです。
これはバレエに限ったことではないでしょうけれどもね。

出来ないことは責められない。
でも、やらないことは責められる。


いい先生になろう、とか思う一方で稽古は所詮誰に受けても同じなんだとも思う今宵。
できる人はどこで誰の稽古を受けようが、できるのですよ。

明日も自分にキビちく☆☆☆